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 コーヒーの歴史 ▼語源について
コーヒーの発見説についていろいろな言い伝えがありますが、その中でも一般的に知られているのが、イタリアの言語学者「ファースト・ナイロニー」氏の説話です。
山羊の不思議な行動で発見
  6世紀頃、エチオピアに住むアラビア人「カルディ」が、山羊を放牧して生活していました。
ある日、自分の飼っている山羊が興奮して飛び跳ねてる姿を不思議に思い観察していると、どうやら未知の赤い木の実を食べて興奮したことが分かったのです。
自分も1粒食べてみると、甘酸っぱくて美味しく、気分爽快になったのです。
カルディの話しを聞いた回教僧が、木の実を僧院に持ち帰って仲間の僧と試食してみたところ、同様に気分爽快!
すっかり気に入った教僧達は眠気ざましの薬として使用し、後には医者の間でも評判となり薬品として扱われるようになったとのことです。
この伝説に登場するカルディは、あくまでも伝説中の人物ですが、回教徒がコーヒーを広めたという話しは、その後の各種の記録でもかなりの信頼性をもっています。
回教徒が広める
  コーヒーが最初に飲用されたのは11世紀の初めといわれ、アラビアの古い文献にその記録を見る事ができます。
それ以前はエチオピア産の木の実、すなわちバンに過ぎなかったようで、カルディの伝説もそれを裏付けていることになります。
もっとも、このころは生豆を乾燥して煎じたものを、胃の薬として飲んでいたようで、そのうち目覚めの効果があることが分かり、宗教上の戒律がきびしいイスラム教徒に、好んで用いられたようです。
つまり彼らは酒類を禁じられていたので、それに代わる興奮性の飲み物として、煎り豆の煎じた液を争って飲んだ訳ですが、豆を煎って用いるようになったのは、13世紀に入ってからだといわれています。
コーヒーの前身でもあるこの黒色飲料は、回教の本山メッカを中心として、往来する信者によって広められ、アラビアからエジプトへ、さらにシリア、イラン、トルコへと伝わっていったのです。
製法も生豆の乾燥から煎り豆へ、さらに煎り豆を臼で細かく砕いたものへと変わっていきましたが、この製法が現在に伝わっているのがトルコ・コーヒーです。
ちなみにトルコ・コーヒーは、煎り豆の砕粉を水から煮だし、カスを沈めて上澄みの液を飲むもので、いかにも原始的飲用法ですが、それはまたそれなりの風格を持ったコーヒーということが出来るでしょう。
スープにして飲んだアラビア人
  ここにもう一つ別の伝説があります。
1258年、罪を犯して追放の身の酋長オマールが、故郷のモカから遠く離れたアラビアのオウサバというところを放浪していたときのことです。
飢えと疲労でもう一歩も歩けず、樹の根元に腰をおろして休んでいますと、そこへ一羽の鳥が飛んできて枝にとまり、今まで聞いたこともない美しい声で鳴くのです。
注意して見るとその鳥は、何やら枝についた木の実をついばんでは、また美しい声を張り上げるので、オマールはあたりの木の実をあるだけ取り、鍋に水を入れて煮込んで食べようと試みました。すると煮立つとともによい香りがしはじめ、そのスープを飲んでみると大変美味であり、飢えた身体もすっかり元気になってしまいました。
それからのオマールは不思議な木の実を多く採集し、病人を見つけてはスープにして飲ますなど善根をほどこしたので、ついに罪が許されてモカに帰り、聖者としてあがめられるようになったということです。
オマールのころはまだ、コーヒーの木の実が飲用ばかりではなく、つぶして脂を混ぜ団子にして食べたりもしたらしく、そのような記録もありますが、だんだんに実と葉を一緒に煎じて飲んだり、さらに実だけを乾燥するようになったものです。
コーヒーの生豆は、やはり食べてもうまくはなかったらしいことがうかがえます。
トルコ式からドリップ式へ
  コーヒーがアラビアから各国へ伝わりはじめたのは、16世紀前後から。
すでに1475年頃、メッカでは一般の飲み物として定着しており、ここを訪れる回教徒の名物として取扱われていたようです。
またコーヒー飲用の風習は、彼らの手により諸国に伝わり、1510年にはエジプトのカイロに紹介され、さらにシリア、イラン、トルコへと広められていきました。
1554年、トルコのコンスタンチノーブル(現在のイスタンブール)にカービー・カーネーという喫茶店が開店し、これが世界の喫茶店第一号といわれています。
西欧に伝わりはじめたのは17世紀からで、まず1615年イタリアのベニス(現在のベネチア)へ、1664年フランス、1650年からはイギリスのオックスフォード、オーストリアのウィーンに、1670年にはアメリカへ伝わりました。
そして西欧では主要都市で大流行し、たちまちコーヒー・ハウスが林立するにぎわいをみせ、コーヒー・ハウスは酒場と肩をならべて社交場、クラブ化し、酒場とは異なった雰囲気で、人々に安息と思索を提供したのです。
もっとも、当時のコーヒーはトルコ式であって、煎った豆を細かく砕き、これを煮だした液で、カップに入れて供すると当然カスが浮遊しますので、当時の人はこのカスが沈殿するのを待って上澄みを飲んでた訳ですが、進歩的な西欧人はこの飲用法を疑問視するようになりました。
そして口中にカスの残らない飲み方を求めて、いろいろな工夫がなされましたが、改良に改良を重ね、ついにカスをまったく残さないろ過する方法、いわゆるドリップ式を考案したのです。それはなんと1世紀有余の年月を要したのです。
1800年、パリで発表されたドウ・ベロイのドリップ・ポッドは、原始的なコーヒーから、近代的なコーヒーへ脱皮する、革命的な道具であったろうと思われます。
それ以後、コーヒーはドリップ式を主流として全世界に広まり、トルコ式はごく一部にのみ引き継がれるに過ぎなくなってしまいました。
コーヒーになじまぬ日本人
  さて、コーヒーは日本へはいつごろ伝わったのでしょうか。
一説によりますと最初は足利時代、ポルトガル、スペインの宣教師が来朝して伝えたといわれていますが、この時代は1350年ごろで、コーヒーはまだアラビアで野生の木の実を煎じて飲んでいた時代です。中東諸国への普及もおぼつかないころですから、遠い東方の島国に伝わったというのは、すこぶる信頼性に乏しい面があります。
コーヒー伝来の現実性のあるのはやはり江戸時代に入ってからで、まず1600年と翌年に相次いでイギリス、オランダが東印度会社を設立。当時、日本には朱印船制度があって、南方との貿易は盛んでした。現地に日本人街が栄え、英蘭商社との交易も活発であったと思われます。
徳川幕府の世となり、慶長10年(1605年)に、まずタバコが伝来、同14年にオランダと、同18年にはイギリスと、それぞれ九州平戸で貿易が開始されました。
おそらく最初のコーヒー伝来はこのころと思われ、元禄2年(1689年)には大淀三千風が紀行文中にコーヒーを紹介しています。
その後、外国との貿易の場は長崎の出島に移され、主として物々交換による交易が行われ、コーヒーは彼らと直接交渉にあたった通訳や丸山の遊女を介して、日本人に伝えられました。
といっても、それはオランダ人からごく一部の日本人に伝えられたというだけで、コーヒーが日本人の間に浸透したという意味ではありません。
それどころか、安永4年(1775年)に来朝したオランダ人医師ツンベルクは、自著「日本紀行」の中に、「日本人は西洋の酒や食べ物を容易に受け付けず、通訳の何人かがやっとコーヒーを飲むくらいだ」と書いており、また有名なシーボルトはずっと後期に来朝した人ですが、やはり著書「江戸参府紀行」の中に、「日本人は熱い茶を好み、交際好きな人種なのに、200年もオランダと交易しながら、さっぱりコーヒーを受け付けないのはまったく不思議だ」と、いささかあざ笑う様に書いています。
日本女性と親しみ、日本に特別の愛着を持ったシーボルトは、日蘭両国の親善と医師という立場から、コーヒーに「小不徳」という名をつけ、長寿の薬だと宣伝し普及させようとしましたが、日本人がどうしてもコーヒーになじまないのは、その中に入れるミルクを動物の血だと誤解しているためだとしています。
日本へのコーヒー伝来
  この時代の日本人が、コーヒーをまったく受け付けないことについて、シーボルトら西欧人の判断には、かなり一方的なものがあります。
それは日本人一般が、ただ単にコーヒーを受け入れなかったのではなく、日本茶が深く浸透していたためなのですが、独善的な彼らの思考は、そうした背景に気づいていながらも理解しようとはしなかったのです。
茶の歴史は中国が最も古いのですが、日本には奈良時代すでに伝わり、15世紀から16世紀にかけては茶道が確立し、広く一般にも普及しています。
ちょうどそのころから日本に注目しはじめた一部の西洋人の目には、日本の茶の様式は珍しく、かつ高尚なものとして映ったのでしょうか、一般人の隅々に至まで浸透しているとは、想像もつかなかったものと思われます。
彼ら西欧諸国では、コーヒーに類する飲料のまったくなかったところへ、彼らの嗜好に合ったコーヒーがもたらされたのですから、まるで砂漠を水のごとく急速に浸透していったわけで、日本の場合にはコーヒーが伝わる以前に、すでに日本茶が生活様式の中に深く浸透していたのです。
また、日本には伝統的に西洋とは異質な文化があり、同じ東洋の中国の影響は受けたが、未知で異端的な西洋文化には、生活様式からいって抵抗感が先であったろうと思われます。
こうして徳川300年間、渡来しながらコーヒー文化は日本に定着せず、世は文明開花のはなばなしい明治を迎えたのです。
 
 コーヒーの語源 ▲歴史について
コーヒー(Coffee)、カフェ(Cafe)という語は、いまでは世界的用語ですが、その語源はアラビア語のカフワ(Qahwah)が転訛したもの。
語源としては、元々カフワというのはアラビアでワインを意味し、ワインに似た覚醒作用のあるコーヒーにあてられたという説と、エチオピアにあったコーヒーの産地カファ (Kaffa) がアラビア語に取り入れられたという2つの説があります。
これがトルコに伝わり、トルコ語でカーファ(Kahue)となり、さらに転化してヨーロッパへ広まっていったのです。
一説にはエチオピアの町にカーファという所があって、これがカーファーの語源だともいわれていますが、これは語源としての信頼性にまったく欠けています。
 
各国のコーヒーの呼称
アメリカ: コフィー (Coffee)   スウェーデン: カフェー (Kaffe)
ブラジル: カフェー(Cafe)   ノルウェー: カフェー (Kaffe)
イギリス: コフィー (Coffee)   トルコ: カーウェー (qahwe)
ドイツ: コフェー (Koffee)   ギリシャ: カフェオ (Kafeo)
フランス: カフェー (Cafe)   ポーランド: カーヴァ (Kawa)
イタリア: カフェー (Caffe)   ハンガリー: カーヴェー (Kave)
スペイン: カフェー (Cafe)   オーストリア: カーヴェー (Kave)
ポルトガル: カフェー (Cafe)   ルーマニア: カフェア (Kafea)
オランダ: コフィー (Koffie)   チェコ: カーヴァ (Kava)
デンマーク: コフェー (Koffe)   ソビエト: コフェー (Kophe)
 
次に日本語の「珈琲」という語ですが、これは中国語から来たとか、蘭学者青木昆陽の作字だとかいう説もありますが、はっきりした確証はなく、どうも誰かのこしらえた当て字のようです。
当て字といえば、古い文献にはコーヒーのいろいろの当て字があり、江戸時代の俳人、大淀三千風(おおよどみちかぜ)は「日本行脚文集」(元禄2年・1689年)の中の「丸山艶文」というところで「皐蘆」(なんばんちゃ)と書いています。
有名なフランス人ヌール・ショメールの「家庭百科辞書」の訳本で、長崎の山本某が訳した日本最古の珈琲文献「紅毛本草」(天明5年・1785年)の文中に古闘比伊(こつひい)、波无(バン)、保宇(ぼう)、比由无那阿(びゆんなあ)、比由无古於(びゆんこお)、比由爾宇(びゆにう)などの語が使われています。いずれもコーヒーならびに豆のことです。
また、文化年間の洋学者宇田川榕菴(1798〜1846年)の蘭和訳書には「骨喜」「哥兮」「架非」「珈琲」という4つの語が記載されており、このため珈琲は榕菴の作字ではないかともいわれています。
さらに明治に入ってからは、コーヒーの当て字も各種の書物に大流行で「可非」「架非」「骨非」「加非」「唐茶」「豆茶」「煎豆湯」「滑比」「香湯」と挙げるときりがありません。
その中で「可否」と名乗ったのが、明治21年、東京上野に開店した日本喫茶店第一号「可否茶館」(かひさかん)で、名づけ親は当時の作家石橋思案です。(※現在の可否茶館とは関係はありません)
参考文献「コーヒー教室」(有紀書房)
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